職場のミーティングで話題にあがったこと
「食品生産の現場にもSDGsの考え方を適用しなくてはならないのだけど。。。」
食品業界でキャリアを積んだ長老メンバーが言った。
環境負荷を下げなくては。話の背景にはそれがあるらしい。
が、どこか煮えきらない様子だった。
それは自分も同様なのだが。
またここでもSDGsか、と思ったのは置いておいて
本当に気になったのはこの後だ。
長老の話は以下のぐあいだ。
- 国、業界を問わず、SDGsの考え方を導入する流れがある。
- 事業プロセスでの環境負荷に目を向けなくてはならない。
- カーボンニュートラルの実現に向けた努力が求められているなか、製造メーカー各社もCO2ガス排出量に高めの達成目標を設定している
- しかし、多くの企業が対策を講じているものの、どう考えても目標を達成することは不可能であるとの空気がある
- 企業だけでの努力では達成は不可能で、発電システムを自然エネルギーに転換していくといった、社会インフラの変化も無いと厳しい。
- 単純にCO2排出量を下げる方法として、カーボンニュートラルに配慮した電気を購入することもできるが、製品の製造コストが高くなる。
- 海外では環境負荷を下げる取り組み成果を企業が公開する動きもあり、投資家からの出資判断にも影響するらしい。
- 世間の流れとはいえ、モノづくりの現場には厳しい。困ったものだ。
人間や動物が住めなくなる地球にするのは良くない。それは分かる。
ただ、とはいえ、一連の話には違和感を感じざる得ない。
正確に言語化できないが、どこか意味も意義も無く振り回されている気がする。
そして、その企業を振り回しているものを突き詰めれば、
結局は未来へのリスクや経済優位性だ。
ウチもまだ若いベンチャーだ。投資を受けられないのは困る。
とはいえ、カーボンニュートラルに力を注いだとしても
製造コストが上がって事業の現実味が損なわれるのも苦しい。
食品業界のように低い原価と低価格を求めるタイプの業界にとっては尚更だろう。
何より、本当に不幸だと感じたのは、社内でも社外でも、
周囲の人間の多くがカーボンニュートラルをはじめとする
環境問題を自分事として認識できていないことだった。
言い換えれば、自発的にやるのではなく、
みんな「世間が求めるから、何となく」という態度だ。
ではこの「世間」とは誰のことだろう?
遠いところだと「国」「国連」、近いところだと「協業他社」「投資家」がいる。
ただ、見方を変えれば、その協業他社や投資家も世間の流れに乗っているのに過ぎない場合もあるだろう。
ここ20年くらいで騒がれている気候変動が本当に
CO2排出によるものなのかも確定的でない。
CO2濃度と気温上昇がデータ上は相関しているのは事実としても、
本当に世間全体で騒ぐべき論点がソコなのかは誰も知らない。
厳密に答えるのであれば地球と全く同じ惑星を探して、
文明が発展しなかった場合の大気中CO2濃度をモニタリングすれば良いが、無理だ。
もっといえば、様々な対策を講じたとしても、
数十年後に世界環境が改善されているとは限らない。
もしかしたら一連の心配事は人間活動とは関係の無い、
地球の周期的な変動によるものかもしれない。
数十年振り回された挙げ句、「あの努力は何だったんだ?」なんてことも有り得る。
本当にそれが未来の自分たちに降りかかる問題なのかどうかは別として、
リスクが金を回していくのだろうか?
あーーモヤモヤする。