培養エンジニアの無駄話

笑える培養技術を創りたい

物事との向き合い方が変わった2019年

あと1日で2019年が終わる。

記憶が新しいうちに2019年の振り返りをしてみたい。

今振り返れば、今年は総じて物事との向き合い方が大きく変わった年であったと思う。

ここでいう物事というのは、表現活動、仕事、自分自身を指す。

 

表現活動について

コミケを含む同人誌即売会で活動を始めてから早4年が経過しようとしている。

今思えば、活動形態もこの1年で大きく変化した。

まず一つの変化として、個人サークルを立ち上げた。

元々培養肉を中心とした科学系評論本に記事を寄稿していたが、

細胞農家を職業とする日々を送るにつれ、現状の表現の満足できなくなったからだ。

 

この1年間の創作活動において、自分の不満をどう言語化するかが大きな課題になった。

培養肉やその背景となる培養技術に対する愛着はある。

一方で、それらが SFや未来思想のような明らかなモード寄りの発想の枠に囚われすぎていることに不満を持つようになった。

もっと今の日常の生活に溶け込む、リアルクローズな表現やプロダクト試作ができないか?

これが個人的な課題となった。

今では多少なりとも言語化が容易だが、今年の夏まではひたすら言葉の選択に悩み続けた。

霧が晴れてきたのは半年くらい試行錯誤してからだった。

 

sciencecontents.hatenablog.com

 

言語化を進んだ要因として、自分自身が続けた思考活動もさることながら、

制作仲間でデザイナーの芳武玖(Hisashi Yoshitake) の存在や、同じく同人界隈で活動する作家たちの作品の影響もあった。

 

同人作品を見ていても、まずは創作にあたってのモチベーションを言語化することから始める。

そこを起点にしてイラストや3D、模型など更に具体的な形に落とし込んでいく。

自分の場合、他人への共感を望んだことで余計に難しい作業になった。

 

 

 

昨年と比べれば表現の幅は確かに広がったし、自分のしたいことや、それを成就するための手段も鮮明になりつつある。

だけどまだ満足には至らず、来年も継続して創作をしていきたいと思う。

 

仕事との向き合い方

やや大きな仕事を任せてもらえるようになり、忙しく動く時間が去年よりも増えた。

任せてもらうようになったということは、結果を求められることも必然的に増えることになる。

端的に言って仕事で結果を出すのは非常に難しい。

学生時代のテストとは全く別の世界観の難しさがある。

難問であっても学生テストのように問題文がある、

つまりは課題が事前に設定されているならばまだ可愛いもので、

状況によっては問題文すら無いことも多い。

言い換えれば、自分で課題を設定しないとならない。ここでミスると後のアウトプット全てに響くことになる。

今年の前半までは来る仕事拒まずな姿勢、というよりも「仕事を選ぶ目線が無い」状態で生きていたもんだから、 todo が散在として中々先に進めないことがほとんどだった。

だから、今はある程度仕事を切り捨てていくことを覚え始めた。

これが効果覿面で、日々の業務が整理されて圧倒的に動きやすくなった。

それもこれも、頼りになる仲間が増え会社の体制が整ってきたからに他ならない。

 

 

自分自身について

自分自身の特性を正確に把握するのは難しいと感じた1年だった。

大きな発見として、自分が元来ADHDの特性が強いことだった。

様々な周囲からの指摘もあり、病院でも相談をしてみたら、概ねそうでしょうとのことだった。

言われてみれば、興味対象が次々に移り変わったり、作業に集中できなかったり、逆に集中し過ぎたり、一般的な同年代の社会人ならできることが出来ない、なんてことは多いことに気が付く。

これが原因で病んで倒れた瞬間もあったが、今ではその特性と付き合う手段を見つけ始めている。

実際のところ、同様の特性を抱えて生まれた人間の中でも、社会で成功する人間も大勢いるのだが、彼らの共通点は自身にハマる分野を見つけていることにある。

今年は自分にとっての「ハマるもの」探しに時間を最もかけた。

 

というわけで今年が振り返りは終わり。

コミケ最終日行ってきます。