培養X年目の与太話

培養、与太話

細胞培養と与太話で生きてます。

実務的な細胞の扱い方 ~株化細胞と初代細胞~

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今回はバイオ技術っぽいこと意識して書くぞ。

バイオ専門外の人と出くわすと高確率で聞かれる話

『実際、実験に使ってる細胞って何の細胞なの?』って話

初めて質問されたとき、凄いざっくばらんな振り方をされるもんだから

コチラも答えに窮したのだけど、今となっては

「まず、株化細胞と初代細胞があります。」

から話をしている。

 

今回は各種細胞の扱い方について、実験業務で扱う時の

実務的な都合も考慮して色々書き起こしてみた。

細かい培養操作の説明は専門書や他のネット記事に譲るとして、

実験参考書には載っていないと思われる内容に焦点を当てた。

細胞農業、細胞製造業ならではの視点もあると思うので、

何かの参考にして貰えると嬉しい。

 

 

1.株化細胞

まずは株化細胞。別名セルラインとも言われる。

実験用の細胞といったらコレを指すことが多い。

ある動物生体から採ってきた細胞を、単一の細胞種類のみで

増やした(ライン化した)細胞を指す。

例えば、マウスの肝臓は数種類の細胞で構成されているが、

そのうちの細胞1種だけを選別して増やした株化細胞がある。

 

加えて、一般的に不死化(無限に増え続ける)の性質を持ち、

よほど悪い培養条件でなければ延々と実験に使用できる。

細胞株=ガン化した細胞と認識されることもあるが、

それは半分アタリで半分ハズレ。

ガン化していなくとも無限に増える性質を獲得することもある。

扱いが楽なので、細胞培養の入門者の技術習得にもよく使われる。

 

株化細胞を購入するときは公共の細胞バンクまたはメーカーから購入できる。

基本的に細胞バンクだけで十分な種類の細胞が手に入るため、

メーカーから購入することは少ない。

国内の細胞バンクで有名なのは

がある。

 

細胞は動物種ごと(マウスとかラットとか)、臓器ごと(皮膚とか肝臓とか)に

個別の名前が振られて購入できる。個人的に最も印象的な細胞の名称は

Detroit 562 だった。ハードロックの曲名みたいだからだ。

細胞バンクのHPには確実に成功する

培養方法(培養液の種類、使う機材)も記載してくれる。

 

暇な時にバンクで保管されている細胞一覧を眺めてみると図鑑のようで面白い。

一般的に使われる細胞の動物種には

  • マウス
  • ラット
  • ハムスター
  • サル
  • ヒト

なのだが、中にはかなりユニークな動物の細胞も見つかったりする。

  • キンギョ
  • ネコ
  • イヌ
  • シカ
  • ゾウ
  • ニワトリ
  • ブタ
  • ウシ
  • ヤギ
  • ミンク
  • サンショウウオ

こんな動物種の株化細胞があることを知ったのは

細胞培養を初めて5年目のことだった。

それくらいニッチな細胞だった。

 

国立研究開発法人 医療基盤・健康・栄養研究所(JCRB)

cellbank.nibiohn.go.jp

 

理研セルバンク 

cellbank.brc.riken.jp

 

 

そんで、ここからが本題。

株化細胞は扱いやすいってことは前述の通りだけど、

扱いやすいことで具体的にどんな実務的メリットがあるのか?

一番のメリットは、培養系を立ち上げる工数が減らせるってことだろう。

培養系とは、その細胞を必ず増やせる方法を指しており、

それの条件を基準として、実験で様々な培養条件を試し、

結果を比較しつつ仮説検証する。

実際に細胞実験を含む業務をしてみると、培養系の立ち上げが一番面倒くさい。

特にそのラボで培養経験が無い細胞については、特に慎重に検討してから実験を行う。

みんな早いこと本命の実験に移りたいので、立ち上げ作業は手短かにしたい。

株化細胞の場合、後述の初代細胞に比べて培養系の立ち上げが圧倒的に短くて済む。

それは基本的な培養条件が公開されているため、それをラボで真似してみて

問題なければ培養系立ち上げは終わりになる。

 

 

2.初代細胞

次に初代細胞。プライマリー細胞とも表記される。

これは動物の生体から採ってきた生の細胞を指す。

だから、株化細胞のように無限に増えるわけではない。

実験に使える期間も限られている場合がほとんどだから、扱いづらさはある。

一方で、株化細胞よりも生体内に近い性質を持っているので、

特定の目的の実験には便利な場合もある。

 

自分が知る限りだと、大手メーカーから販売されている場合が多い。

有名なメーカーだとATCCがある。だけど、値段が高い。

細胞1種で10万くらいヘーキでするし、

なんなら同じ値段でハイエンドギターが買えるよって細胞もある。

 

細胞種はほとんどの場合でヒトになる。

これは多くの場合、医療応用を視野に入れた基礎研究が目的であるため。

www.summitpharma.co.jp

また、一部のiPS細胞については細胞バンクでも購入できる。

 

初代細胞の多くは、株化細胞のように簡単に培養系を立ち上げるのは容易ではなく、

培養方法にもメーカー推奨の専用培養液が必要になる。

だから製品の選択肢が狭いうえに価格が高い。

おまけにメーカーが推奨する培養方法が

自分のラボで完全に再現できるわけでもなく、

やってみたけど全然培養できない、なんてこともしばしば。

それなりに実験手法や研究方針が固まっている場合、

またはその動物が株化細胞が無いほどマニアックな場合を除き

使用することは少ない。

 

細胞農業については初代細胞を培養することを前提に開発する場合もあるため、

初めから初代細胞で検討をスタートさせる場合もある。

ただ、望ましくは培養手法について最低限の安定性を担保する意味でも

株化細胞を使ったプロセスは取り入れたほうが無難になる。