培養エンジニアの無駄話

笑える培養技術を創りたい

将来的な「食っていける」の話

「それでは食っていけない」

ベンチャーを含め、自由な生き方や働き方をする人がまわりに多いせいか、度々そんな言葉に出くわす。

 

「食っていけない」

確かに問題だ。

食えないと生理的にダーメージが来る。

生き永らえることはできないだろう。

頼りにできる存在が無い限り野垂れ死にだ。

自分だけならまだしも、家族など養う人間がいれば尚更だ。

この生理的な欲求からくる制限を満たすことを理由に、多くの人間が固有の生き方を捨ててきたことと思う。

 

ベンチャー、芸能人(ミュージシャンや芸人とか)、フリーランス

様々な業界業種で、食えるか食えないかの苦境に立たされる人は多い。

 

では、仮に無収入でも最低限食事だけでも

絶対に保証された生活があるとしたらどうだろう?

例えばホームレスの人たち(例えが悪ければ謝る)

彼らも常に食えるか否かの瀬戸際の中で生きているが、食事だけでも保証されたらどうなるだろう?

少なくとも餓死することは無い。

服は買えなくとも、住居を構えることはできずとも、趣味の本は買えなくとも、死ぬことは無い。

必ずハッピーという保証は無いけれど、最悪の事態を逃れることはできる。

 

そもそも食えないという状況がなぜ発生するかといえば、

単純に食料を買うための金が無いからだ。

当たり前のことを言ってるだけだが、ほとんどの人間にとって当たり前過ぎて

言語化すらされていないため、敢えて言葉にする。

 

ではこの状況を打破する方法が無いかといえば、そうではない。

光熱水費を度外視して食欲を満たすだけで考えるのであれば、

極論自分で食料を生産できれば問題ない。

そして、それは既に一部実現している話でもある。

家庭菜園をやっている人、自分で鶏を育てて肉や野菜を作り出す人がいる。

手間は掛かるが、自然の力だけで生きることはできる。

もちろん、様々なデジタル的、現代的な恩恵は受けづらいだろうが。

 

一方で話はだいぶ飛躍するが、派生する話題として培養で食糧生産できたらどうなるか?がある。

言い換えれば、個人での食糧生産が一般化され、少なくとも食えるものが誰でも手に入る状態だ。

「食えない」が解決された世界では、今ほど好きなことをやって生きていくための心持ちも違ってくるかもしれない。

 

ただし、培養の材料が無料で手に入る条件下において、だが。