培養エンジニアの無駄話

笑える培養技術を創りたい

有難いモノの話

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本日、ちょっとしたミスをして気付きを得た。

備忘録までに。

 

夜に飲み会に誘われていた。

上司から交流のある企業さんと飲むから合流しないかとのことだ。

実験が立て込んだことで同時には出発できず、一人作業を済ませてから向かった。

オフィスから駅まで歩いて5分

駅の改札口を通り駅のホームまで着いたところであることに気が付いた。

 

「携帯を忘れた」

 

普段実験時には携帯を持ち歩いているのだが、それをラボの遠心機の上に置きっぱなしにしていることに気が付いた。

 

これは困った。携帯が無いと飲み会の店の名前と場所を確認できない。

遅れますの連絡をしたいところだが、携帯も無ければメッセージも送れない。

結局オフィスに小走りで戻り、新宿の店で合流した。

 

何てことない、ただの物忘れ話だと言えるが、この体験を通して実感した。

 

今の自分の生活は携帯が無いと成り立たない。

ほんの十数分とはいえ、携帯が無いことがこんなに不便だと思わなかった。

 

基本の連絡手段は携帯に委ねられているし、仕事に関するデータをオフィス外から確認するにも携帯が必要だ。

 

話は移るが、クレジットカードも同様だ。

先月にオランダのマーストリヒトへ学会発表に出かけたが、現地での3日目にクレジットカードにトラブルが生じて使えなくなった。

キャッシュレス化が進むオランダにでクレジットが使えないことに絶望したのを記憶している。

 

さて、これらの話を総合しての何が言えるか?

それは今の自分たちの生活がこれ無いと生活死ぬレベルの「有難いモノ」が多いということだ。

 

そして気になったのは、今自分がスタートアップで従事している細胞培養技術の開発で同じような価値を生むとしたら、どんなストーリーがあり得るだろうか?

細胞培養で有難いモノを作っていけるか?

ということだ。

 

携帯もクレジットも生活必需品かつ貴重品だが、培養技術が生み出すプロダクト(恐らくハードウェアを指す)が同様の価値を生み出すとしたら、どんな状態で、人々がどのように使う世の中なのか?

 

弊社代表陣は

「そのうち培養技術はパーソナライズ化(個人向け)になる」と言う。

自分もそれを信じてやまない。

一方で、それがどのような形態で達成され、「これが無いと生活死ぬ」の状態になるのか?

正直、今まであまり真剣に考えたことが無かった。

会社の技術が日々進みつつあることは間違いない。

内部の人間としてそう実感しているのだが、そこから先の破壊的なイノベーションの形は霧の中にある。

 

それを実現するために、何よりも技術が実体(現物)を伴うが必要だと感じる。

バイオは実験ベースの理論は多いものの、実体を伴うのに非常に時間が掛かる分野だ。

だが、技術が格納される箱をプロトタイピングくらいは出来る。

勿論、プロトタイプするにもそれなりの根拠を用意する必要がある。

 

Apple にしても Microsoftイノベーションを見ても分かる通り、人々の生活は決まってハードウェアありきだ。

 

有難いモノ

作ってみたい。

 

そんなしょうもない話