Culture Square

細胞で自己実現を目指す細胞農家のブログ 備忘録やら創作活動の話やら

細胞培養してる我々は詰まるところ農家なのだけれども、結局現実の農家さんの方が大変

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細胞農家として仕事しています。

細胞農家といってもこれは自分で勝手につけた職業名であり、世間一般には細胞研究者とか細胞培養士みたいな風に呼ばれることがあるようですね。

 

なぜ農家という言葉を使うかというと、自分の生活が完全に細胞に支配されているから。

毎日のように細胞の世話に追われるから

奴ら(細胞)は自分で餌を取れないので、定期的に人間が餌(培養液)を与えなくてはならない。

個体の生物のように、免疫機能を持っているわけでもないので、カビやら雑菌が培養液に入ったら高確率で終わる。

個体でもないから、自分で快適な場所を求めて移動したりもしない。

(ミクロな世界では、実は細胞が特定の因子を求めて彷徨うことはある。)

生育環境は人間が用意して、奴らの快適な環境を創ってあげないとマズイ。

しかも、とてつもなく餌代が掛かる。

これで結果出せなかったら皆死ぬぞ!と。

 

勿論、実際の畜産農家さんの方が大変なのは分かってます。

毎日乳を搾ったり、餌をやったり。

以前会った農家さんは毎日3~4時間睡眠で世話をしてると言っていた。

俺らよりハードはじゃないか。

 

そういえば経験則的に病気かどうかも分かるって話、細胞にも当てはまるような。

長年細胞を見てきた猛者先輩は、第六感のようなもので細胞の未来を予知するものまでいる。

 

俺もそんな農家になれっかな?

キラキラな未来感とは別の世界で生きたい

 

 

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ギラギラした未来予測的な話は得意じゃない

もっといえば大して好きでもない。

 

培養肉というトピックやビジョンを掲げて仕事しているのもあり、次のようなことを言われる。

 

「SFの世界が実現されるんですね!!」と。

 

培養肉含め細胞培養が一般層までに普及したら、俗にいうイノベーションが起きることは想像に難くない。

恐らく多くの人たちの頭の中にあるのは、一昔前のSF系漫画やアニメの設定に沿ったものだろう。

 

加えて、こういう背景だからかどうかは定かではないが、雑誌やネット記事を見ていても、何ともギラギラした未来像が全面に押し出されていることも多い。

 

例えば、、、

 

www.axa.co.jp

magazine.hitosara.com

matome.naver.jp

 

こんなところだろうか。多分探せば他にもある。

 

別に、未来を夢見る人を批判する気は毛頭ない。

そういう愉しみ方もあるだろうし、それを燃料に生きてる人だっているのは事実だ。

でも、こうした表現が未来の描き方であると思わせる空気が、様々な場面で見られることに疑問を感じ始めている。

 

そういう空気を良しとする人たちの中に、本当にそれを実現したい、または実現された未来像を明確に言語化できる人間はどの程度いるのだろうか?

ほとんどの場合は「メディアでそう見たから」などと、コンテンツとして消費しているに過ぎないのではないか?そう思うようにもなった。

 

そもそも自分にはSF的思考回路は持っていないから、それらに共感することはできない。

どちらかといえば、今日の延長線上にある、身近に感じて貰える未来的構想が好きだ。

具体的には、今自分が住んでいる家のリビングに自然と培養肉を溶け込ませる方法を考える、といったことだ。

 

多くの人たちは、宇宙に行きたい、宇宙に住んだら〇〇したいなどとは考えず、

「今日の夕飯何にしよう」

「子供の迎えがあるから、早めに仕事を切り上げよう」

といったことが思考の大半だと思っている。

そんな日常の中に培養肉(もっといえば細胞培養という技術そのもの)をどのように溶け込ませていけるか。

自然に受け止めてもらう表現方法やデザインは何なのか?

そんな課題に向き合いたいと思っている。

 

色々御託を並べたが、結局は自分が成し遂げたいことは

動物細胞培養を如何に日々の生活に、自然に、科学として意識させることを強いない形で馴染ませるか?が重要だと思っている。