Culture Square

細胞培養で自己実現できる世界を創りたい人間のブログ 備忘録やら創作活動の話やら

キラキラな未来感とは別の世界で生きたい

 

 

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ギラギラした未来予測的な話は得意じゃない

もっといえば大して好きでもない。

 

培養肉というトピックやビジョンを掲げて仕事しているのもあり、次のようなことを言われる。

 

「SFの世界が実現されるんですね!!」と。

 

培養肉含め細胞培養が一般層までに普及したら、俗にいうイノベーションが起きることは想像に難くない。

恐らく多くの人たちの頭の中にあるのは、一昔前のSF系漫画やアニメの設定に沿ったものだろう。

 

加えて、こういう背景だからかどうかは定かではないが、雑誌やネット記事を見ていても、何ともギラギラした未来像が全面に押し出されていることも多い。

 

例えば、、、

 

www.axa.co.jp

magazine.hitosara.com

matome.naver.jp

 

こんなところだろうか。多分探せば他にもある。

 

別に、未来を夢見る人を批判する気は毛頭ない。

そういう愉しみ方もあるだろうし、それを燃料に生きてる人だっているのは事実だ。

でも、こうした表現が未来の描き方であると思わせる空気が、様々な場面で見られることに疑問を感じ始めている。

 

そういう空気を良しとする人たちの中に、本当にそれを実現したい、または実現された未来像を明確に言語化できる人間はどの程度いるのだろうか?

ほとんどの場合は「メディアでそう見たから」などと、コンテンツとして消費しているに過ぎないのではないか?そう思うようにもなった。

 

そもそも自分にはSF的思考回路は持っていないから、それらに共感することはできない。

どちらかといえば、今日の延長線上にある、身近に感じて貰える未来的構想が好きだ。

具体的には、今自分が住んでいる家のリビングに自然と培養肉を溶け込ませる方法を考える、といったことだ。

 

多くの人たちは、宇宙に行きたい、宇宙に住んだら〇〇したいなどとは考えず、

「今日の夕飯何にしよう」

「子供の迎えがあるから、早めに仕事を切り上げよう」

といったことが思考の大半だと思っている。

そんな日常の中に培養肉(もっといえば細胞培養という技術そのもの)をどのように溶け込ませていけるか。

自然に受け止めてもらう表現方法やデザインは何なのか?

そんな課題に向き合いたいと思っている。

 

色々御託を並べたが、結局は自分が成し遂げたいことは

動物細胞培養を如何に日々の生活に、自然に、科学として意識させることを強いない形で馴染ませるか?が重要だと思っている。

生体組織工学のモヤモヤを聞いて欲しい ~肉づくりの観点から~

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既存の組織工学に対してモヤモヤしてきた。と言えば唐突だが、実際そうだ。

「培養皿の中で組織を作る」研究はかれこれ20年以上前から行われている。

iPS細胞から連想されるように、世界的にも再生医療の流行り(?)の影響を受け、

研究者はこの10年間で急激に増えたといって良いはずだ。

 

 

加えて、最近だと培養肉生産を含む細胞農業の認知によって更に研究領域が広がりつつある。

 

細胞農業

ja.wikipedia.org

 

 

だがその一方で、この研究分野そのものについてモヤモヤが払拭できずにいる。

 

 

そもそも、既存の研究方針は正しいのか?

自分も大学院では同様に組織工学の分野にいて、骨格筋組織の形成について研究・実験を行う日々を過ごしていた。

ラボを卒業してから1年以上が経ち、筋肉からは一旦手を離したものの、今でも細胞農業の分野で似たような研究開発をしている。

 最近の研究動向が気になってGoogle Scholarで検索してみた。 

2019年以降でも多くの論文が発表されており、盛り上がっているように見える。

 

(組織工学 解説)

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsao1972/35/3/35_3_378/_pdf

 

(論文例)

https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/adhm.201801168

Frontiers | Scalable 3D Printed Molds for Human Tissue Engineered Skeletal Muscle | Bioengineering and Biotechnology

https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/jbm.a.36535

 

骨格筋を創るにしても様々なメソッドが提案されているが、大まかには 

  • 足場素材(ファイバー、ゲル、高分子スポンジ)に細胞を巻いて培養する系
  • 3Dプリンタで細胞の入ったインクを出力して形成する系

ざっくり言えば、細胞が接着する材料に対し、細胞を一緒にまくか、後からまくかの違いでしかない。

そして、この技術開発の方針は今のところ何も変わっている様子はない。

 

しかし、大学院2年目にして一つの疑問に辿り着いた。

「そもそも、このまま研究され続けたとして本当に筋肉はできるのか?」と。

 

基本的に学会に行っても似たような技術の発表が多い。

勿論、その時は自分も然り。

どこか分野全体が足踏みしているように思えて仕方が無い。

そもそも、多くの研究者にとって、社会実装までを見据えた人は少ないと言わざる得ない。

確かに筋肉らしい構造体はできても、メチャ金のかかる技術だったり、そもそも医療に使えるような方法ではなかったりと、問題は多い。

「研究のための研究」その言葉が頭をよぎった。

 

自分の場合、非常に細い(直径1マイクロ程度)ファイバー材料を細胞足場に使った検討を行っていたが、ある程度のところまでは筋肉組織もできなくはない。

しかし、実際の筋肉組織には構造も機能も程遠い。

 

もし今の研究動向のまま組織ができるのであれば、とうの昔に出来ているのではないか?

世の中には自分より凄い研究者が山ほどいるのだから、足場材料という方針が正しければ、とっくに誰かがブレークスルーを起こすはずだ。

しかし、10年経とうとそれが起きない意味は・・・・

 

別の方向からのブレークスルーが必要、そう思うようになった。

 

 

そもそも足場が正しくないのではないか?という疑念

細胞足場というツールに囚われつつある研究者が、自分を含め多過ぎるのではないか?

そう思うようになった。

 

動物が受精卵から発生して生体が形成されていく過程において、足場が先にある状態は少ないと考えるのが普通だ。

どちらかと細胞が出す物質による足場形成と細胞の増殖・遊走が同時進行で起きていくと考える。

「組み上げる」というよりも、「生える」という言葉の方が正しい。

 

こういったことを踏まえると、ただ筋肉組織を創ることを目的にするのであれば、足場の素材(高分子の種類や分子量)や作製条件について右往左往するよりも、生体内と試験管内の本質的なギャップに迫った方が有意義なのではないか?とすら思うようになった。

 

しかし、このギャップというものをどのように定義するか?は非常に難しい課題だ。

 

しかし、この問いに向き合わないと組織工学の実装は絶望的だと思う。

今後、自分が10年以上向き合う課題だと思う。